SOCIETY

Text:中村 健太郎
Photo:垂水 佳菜

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PROIFILE

前田 瑶介
徳島県出身。東大・東大院で建築学を専攻。在学中より、 大手住設メーカーのIoT型水回りシステムユニットの開発プロジェクトに参加。teamLab等でPM・Engineerとして勤務し、センシングや物理シミュレーションを用いた作品・プロダクトの企画・開発に従事。建築物の電力需要予測アルゴリズムを開発・売却後、WOTAに参画。特技は阿波踊り・競技ダンス。東京大学総長賞受賞。修士(工学)。
中村 健太郎
プログラマ / 建築・デザイン理論研究者。1993年大阪府生まれ。2016年慶應義塾大学SFC卒業。専門はアルゴリズミック・デザイン。学生時代より批評とメディアのプロジェクトRhetoricaに携わる。NPO法人モクチン企画にて建築設計・ウェブサービス開発に従事。東京大学学術支援専門職員。
垂水 佳菜
20歳の頃から独学で写真を始める。当時働いていたライブハウスでライブ写真を撮るようになり、現在はSUMMER SONIC・SYNCHRONICITY等音楽フェスにおけるオフィシャルカメラマンや、数多くのアーティスト写真を担当。2016年からは個展を通して自分の写真を観直しし、WEB媒体でのポートレート、雑誌、ファッション、広告等活動の幅を広める。
SOCIETY

自律分散型水インフラが作る、未来の都市生活

私たちの生活を支える水インフラ。蛇口をひねれば清潔な水が飲める毎日は、地面の下に張り巡らされた上下水道管と、水質管理に勤しむ多くの人々の手によって維持されてきた。それがいま、膨らみ続ける維持管理コストを前に、危機に瀕している。成長社会に合わせて作られた水インフラを、縮小してゆく今の日本が「維持」し続けるには、根本的な発想の転換が必要だ。しかし、どうやって──?WOTA(ウォータ)の答えは、ポータブルで移動可能な”10万分の1サイズの水再生処理プラント”だ。彼らが目指す未来について、CEOの前田瑶介氏に話を聞いた。

Text:中村 健太郎
Photo:垂水 佳菜

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前田 瑶介
徳島県出身。東大・東大院で建築学を専攻。在学中より、 大手住設メーカーのIoT型水回りシステムユニットの開発プロジェクトに参加。teamLab等でPM・Engineerとして勤務し、センシングや物理シミュレーションを用いた作品・プロダクトの企画・開発に従事。建築物の電力需要予測アルゴリズムを開発・売却後、WOTAに参画。特技は阿波踊り・競技ダンス。東京大学総長賞受賞。修士(工学)。
中村 健太郎
プログラマ / 建築・デザイン理論研究者。1993年大阪府生まれ。2016年慶應義塾大学SFC卒業。専門はアルゴリズミック・デザイン。学生時代より批評とメディアのプロジェクトRhetoricaに携わる。NPO法人モクチン企画にて建築設計・ウェブサービス開発に従事。東京大学学術支援専門職員。
垂水 佳菜
20歳の頃から独学で写真を始める。当時働いていたライブハウスでライブ写真を撮るようになり、現在はSUMMER SONIC・SYNCHRONICITY等音楽フェスにおけるオフィシャルカメラマンや、数多くのアーティスト写真を担当。2016年からは個展を通して自分の写真を観直しし、WEB媒体でのポートレート、雑誌、ファッション、広告等活動の幅を広める。

21世紀は 水資源が今まで以上に重要な 「水の世紀」になる

2020年2年8日、神奈川県横浜市旭区に高さ10mあまりの水柱が出現、あたりが騒然とする事態となった。原因は、老朽化した水道管の取替作業中におきた”作業ミス”だったという。横浜市では2020年1月9日にも磯子区で老朽化した水道管から漏水し、市の水道局によれば三戸の浸水被害(うち一軒は床上浸水)が出ている。
 
高度経済成長期に整備された各種インフラが、ここにきて耐用年数の限界を迎えつつあることは近年盛んに指摘されている。それらは私たちの生活を支える水インフラもまた厳しい状況に置かれていることを、年明け早々に思い知る事件であった。もしいつか、インフラが朽ちてゆくスピードに、維持管理の手が追いつかなくなってゆくとしたら…? 現役世代の私たちはいま、どのような選択を行う必要があるのだろうか。そもそも私たちには、どのような選択が可能なのだろうか?
 
WOTAは「水循環を用いた次世代の分散型水インフラ」によって、この問題に「選択肢」をもたらそうとしている企業だ。WOTAが提供する”WOTA BOX”は、AIを用いた水処理技術によってシャワー水をその場で再生処理し循環させて使うことで、98%以上の節水を実現する。すでに被災地支援の現場で多くの実績を積んできたWOTAが、その仕組みを通じて思い描いている未来とは。CEOの前田瑶介氏に話を聞いた。
CEO前田瑶介氏

今日はよろしくお願いします。まずは、WOTAの取り組みの背景、また「自律分散型水インフラ」の利点について教えていただけますか?

前田:
よろしくお願いします。世界銀行がグローバルな水不足と水ストレスの問題を警告しているように、21世紀は水資源が今まで以上に重要な「水の世紀」になると言われています。ただ一口に水ストレスと言っても、そもそも水が少ないパターン、人為的あるいは自然発生的な要因で水がなくなるパターン、あるいは水はあるけれども汚染されていて使えないパターンなど、その有りようは様々です。
 
WOTAが取り組んでいるのはそうした水の問題に対して、汚れた水から不純物を取り除いて綺麗にする「水処理」の領域です。みんなに水処理を提供するためのこれまでの人類のソリューションは「水処理プラントとパイプライン網から成る大規模集中型の水インフラ」でした。すなわち上下水道です。しかしそこには、ただ水を運ぶだけのパイプラインにコストの7割以上がかかるという根本的な問題があります。その整備には巨額の費用と数十年単位の時間が必要なため、需要に供給が追いつかない時期が長く続いてしまう。しかも日本のように人口減に伴って需要が減ると、こんどは供給過剰で一人あたりの負担コストが増えてしまうケースも出てきます。現在の水インフラは、構造的に需要と供給が一致しないシステムなんです。
そもそも既存の上下水道には構造的な問題がある。既存の上下水道では、人口の増減に対して柔軟に対応することができない。整備に時間がかかるため人口増加期間には水インフラが不足することとなり、縮小プランが想定されていないため人口減少期間には設備余剰となって財政的な負担となる。また、地中の上下水道管は定期的な交換を必要とし、人口減少期間にある日本では、上下水道管の交換タイミングにさしかかっている自治体が今まさにその負担に苦しみはじめている。(WOTAコーポレートサイトより)
前田:WOTAではこうした問題を解決するため、水インフラの需要と供給を1対1の関係に置き換えたいと考えています。たとえば給湯器などのように量産されたいわゆる住宅設備のような装置で、家単位で水処理を提供してゆく。そうすれば上下水道の場合に50年かかった整備期間を、モノさえ届けばどこでも一日で大丈夫というふうに短縮できる。同時に人口変動への柔軟性も持てるし、システム全体のレジリエンス(耐障害性)も高められるはずです。そうして作ったWOTA BOXは、言わば「自律制御された水再生処理プラントを、10万分の1のサイズでつくってみよう」というプロジェクトです。

“WOTA BOX”というのは、2019年11月に発売された量産機モデルのことですね。このプロダクトは、WOTAにとってどのような戦略的役割をもつものなのでしょうか。

WOTA BOXと水タンク類
シャワーテントの中で水を浴びることができる
前田:一義的には事業構想の実証です。コンパクトな水循環は可能なんだと世の中に伝えること。事業を一緒にすすめるパートナーを集める意味でも象徴的な意味を持っています。そして二義的には、やはり事業をすすめる上での役割。WOTA BOX自体が市場のニーズに合致したプロダクトであること。事業として展開していった時に、規模拡大できる足腰があるというのを証明してゆくという意味があります。

2019年は今までにもまして災害の多い年だという実感がありました。避難所への支援を多数行ったと伺っていますが、そこでWOTA BOXはどのような役割を果たしたのでしょうか。

前田:たとえば去年の台風19号のケースでは、長野市の避難所に14台のWOTA BOXを納品し、45日間入浴サービスを提供し、合計約9000人以上にシャワーを提供することができました。またこのときは近隣の下水処理場が浸水したことで、地域全体の下水処理がダウンしてしまった状態でした。集中型の上下水道インフラが機能不全を起こした状況に、我々の分散型水インフラを使っていただくことで都市全体の水需要をカバーできたという、象徴的な事例だったと思います。
 
こうした災害の現場からは多くのことを学んできました。興味深いのは、水質についてのフィードバック以上に、水を使う空間の「価値」について考えさせられたことです。例えば、安心感を持って老若男女がシャワーを浴びれるブースを提供することの意味はなにか。そもそも避難所はほとんどプライバシーがない空間です。楽しい話も悲しい話もヒソヒソ話になってしまうような空間で、シャワーブースこそが完全にプライバシーのある場所、家族や、自分だけの空間、自分の感情を解放できる空間になるという発見がありました。
 
さらに言えばいまの避難所は、いわば仮設住宅までの「つなぎ」の生存のための場所です。そこをヒト・モノ・カネが限られたギリギリの運営体制の中で、なんとか2ヶ月もたせる、というような状況。多くの避難所が、”スフィア基準”という国連が定めた難民キャンプの生活水準指標を下回ってしまう、というのはよく言われる話です。生存から人間性へ、避難所のあり方自体をどう考えてゆくのかという問題に直結しているんだなと考えています。

なるほど、突発的な水需要への対応は、単に「水を使う」ということ以上の意味を持っているということですね。他方でより長期的な、たとえば建築計画や都市計画、まちづくりといった領域に関わることもあるかと思うのですが、そこでWOTAはどういう役割を果たしていけるのでしょうか。

前田:直近では、我々の技術をつかって、新しい建築計画や新しい都市計画に取り組みたいという方々と、プロジェクトベースで組んでいくというのを進めています。
 
例えばある市長からは、海岸で、海の家から出る排水を綺麗にしたいという相談をなんとSNS経由で頂きました。夏の間の突発的な観光需要に対して、既存の水インフラを延伸するのでは採算や所有権の問題が発生してしまう。そこでWOTAの技術を使えないかと。こうしたケースは、まちづくりの領域でも今まであまり取り上げられてこなかった問題です。
 
たとえば「砂漠の真ん中で住む」というイメージが想像しづらいのは、それを実現する方法がそもそも分からないからかもしれません。水処理についても、問題についての想像力を刺激したり、防災やBCP(事業継続計画)など、統一的な意思決定の根拠を示したほうが話が進みやすい部分はあると考えています。

言い換えれば、「自律制御された水再生処理プラントを、10万分の1のサイズでつくってみよう」ということになります。

前田

都市そのもの対して、 人がそのあり方を自在に コントロールできるような未来を作る

そうした「水への想像力の欠如」の問題に気づいたのには、なにかきっかけがあったんでしょうか。

前田:実は震災の年の3.10が大学の合格発表日だったんです。その夜は新宿の先輩の家に泊まったんですが、次の日が震災で。そのとき、ほとんどのインフラが止まってしまった。ただその時感じた違和感は、インフラが止まったことそのものとは違うところにありました。
 
実は地元が徳島県の山の中で、上下水道のないところなんです。たとえば雪が突然いっぱい降って閉じ込められることがよくあるんですが、なんとでもなってしまうというか。みんな湧き水の場所くらい分かっているし、さらに言えば、どこの水がどういう水質なのかまでだいたい知ってるんですよ。でも東京だと、誰も知らないんだなと。たとえば神田川のを、「飲むのは厳しいだろうな」と判断することはできるかもしれない。では、「浴びれるかどうか」だと、どうでしょう。あるいはこういう話もあります。地元では湧き水をポンプで汲んで使っているんですが、よく水が止まりました。でも大体ポンプに葉っぱが詰まっているケースが多くて、ポンプの近くに住んでいる人に電話して掃除してもらえば、10分くらいで水が回復してしまう。でも東京だと、そもそもどこが止まってるのか自体、わからないですよね。
 
水でなにかが起きたときに、人が普段から持ってる情報や知恵をもとに適切な判断を下して、自分たちの不快感とか不便さを自分たちで解消できるようにする。それがWOTAを通じて本質的に作りたいもののひとつです。ある種、生活する上で誰もが必要とするスキルを取り戻す必要があるんじゃないかと。

なるほど。個人や集団ではもはやコントロールできないシステムに生活を託してしまっている現状に対して、どうすればスキルや制御権を回復していけるのかという問題意識を持っている、といったところでしょうか。

前田:そうですね。たとえば修理方法をオープンソース化するiFixitのような動きにも共感する部分があります。言ってしまえば、あらゆるオープンソース関連の話を、率直に「すごいな」と思ってきました。会社にもそう思ってるメンバーがきっといっぱいいて。自律分散とか、オープンソースとか、iosよりアンドロイドOSの拡張性が良いとか。会社の思想としても、それを大事にしていきたいですね。

素晴らしいと思います。インターネット以後の世代が共有できるひとつの価値観とでも言えそうですね。ただその一方で、WOTA BOXは生体データを間接的に扱うIoTデバイスであるという見方もできます。世界的にも監視主義への批判が高まっていますが、前田さんはこの問題についてどう考えられていますか?

前田:IoTにも産業用と民生用があります。産業用のIoTには、社会的なコストをいかに下げられるかがひとつの評価基準になってくると思うんですが、それを水処理という産業で見ると非常に重い課題が浮かんでくるんですよ。実は水処理施設は少数の「職人さん」たちによって支えられているという現実があるんです。一定規模の下水処理場でも、嘱託の職人さん数人で一年中常駐して、微生物槽の色とか、泡の出方とか、それらを見てどれくらい酸素を送り込むとかを調整して、様々な条件をバランスさせている。そうした作業を、だれかが知らないところでやりつづけていると。他方で、そんなシステムの社会的なコストが現状どうなっているかというと、日本全体では、上下水道事業の数兆円単位での赤字補填が問題になっています。
 
すでに話したように、人口減に伴って、今後その赤字幅がさらに上がっていくという時に、じゃあそのまま料金をあげるのか、あるいは費用をみなおすのか。でも当然、お金さえあればなんとかなるという話でも無いわけです。だから、職人さんが目や鼻で、経験則でなんとかしている部分の、「自律制御」を実現していきたい。
前田:他方で民生用のIoT、たとえばホームIoTデバイスなどで問題が指摘されている面があるのはご存知のとおりです。実際、我々の製品には産業用と民生用の両方の側面があります。WOTA BOXが取り扱うデータには生体データや行動データなどいくつかの種類があり、またそれぞれにセキュリティレベルを設定しています。それらに関しては、利用者が不特定多数であるという前提の上で、ここまではエッジ(端末側)で処理しましょう。ここはクラウドにアップロードして、というふうに個別に設定しているんです。ただ正直なところ、これらはあくまで不特定多数の場合における特殊解であって、いただいた質問に”一般解”として答えるものにはなりえません。
 
むしろ我々の仕組みに限らずこのように、技術の問題でありながら、社会システムの問題でもあるというようなイシューは、今後いくつも発見されていくんだと思います。社会を持続可能にするために必要なデータやコストがどうしてもあるなかで、「やるかやらないか」というゼロイチの議論というよりは、「やる場合にはどういう権力の分散をすべきなのか」ということ、「やらない場合にはそのトレードオフにどう対応してゆくのか」ということ、こうした踏み込んだ議論が必要になってくるんじゃないでしょうか
開発拠点であるWOTA GARAGE

なるほど、もっともだと思います。WOTA自体が、そうした現代の科学技術の持つ政治的な文脈を切り開いていく主体にもなりえる、ということなのかもしれませんね。 では最後の質問です。ここまでの話を踏まえた上で、WOTAの活動の先にどのような未来を作っていきたいとお考えでしょうか。

前田:一言で言えば、「理想の都市とはなにか」という問いに答えを出したいと思っています。現時点の仮説としては、「それぞれの人が、それぞれの都市に関してアイデンティティを持てること」がその答えなんじゃないかと。自分たちが生活する都市を、自分たちが理解できコントロールできている状態。それで得られる安心感や帰属意識を、その人が必要なだけ持っていられる都市であるべきなんじゃないかと思っています。
 
その時、フィジカルな都市はなるべくそれを邪魔しないほうが良い。そういうことを考える上でキーワードになるのは「風土」という概念なんじゃないかなと思っていて。抽象的な話しになりますが、都市のフィジカルなあり方を、そこに住む人々が自在にコントロールしてゆくこと。いままでは30年40年レベルの時間の単位で、あるいは何万人何十万人みたいな単位で、みんなが結集してないとできなかったシステムを、短い時間で、個人や共同体の単位で可能にしてゆく。そのことによって、結果として都市の風土が現れやすくなる。社会的にはもちろん空間的にも、人が隠遁せずに自由度高く自己表現できるようになることによって、それぞれの都市の風土が醸成されやすくなれば良いなと思っています。

水道インフラに留まらず、生活を取り巻くあらゆる人工物、ひいては都市そのもの対して、人がそのあり方を自在にコントロールできるようにしていくことが可能になる未来を想像されているということですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。

自分たちが生活する都市を、自分たちが理解できコントロールできている状態。それで得られる安心感や帰属意識を、その人が必要なだけ持っていられる都市であるべきなんじゃないかと思っています。

前田

『POP UP SOCIETY』とは 『POP UP SOCIETY』は、一般の方に業界への興味を持ってもらい、中長期的に建設仮設業界の若手人材不足に貢献することを目指し、ASNOVAが2020年3月から2022年3月まで運営してきた不定期発行のマガジンです。 仮設(カセツ)という切り口で、国内外のユニークで実験的な取組みを、人物・企業へのインタビュー、体験レポートなどを通じて紹介します。

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